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作品データ74年作品(日本公開75年6月) ストーリー60秒でかっぱらえ!! プロの車窃盗団のリーダーであるメインドリアンが、ある日、友人の結婚式上で、海外の密輸業者から60台近い高級車のリストを渡され「期日までにそろえてくれないか。」とたのまれた。報酬は一台につき、40万ドル支払うという。 彼は、仲間とともに、あらゆる手を使って高級車・スポーツカーを盗み取っていく。そして、最後の一台「フォード・マスタング・マッハ1」を盗み出す時、車窃盗に網を張っていた警察に、見つかってしまう................ 「Gone in 60 Seconds」(バニシングIn60")について74年に公開された「Gone in 60 Seconds」(邦題バニシング In 60")は、上映時間99分中、半分近い40分がカーチェイスという、とんでもない映画である。
この作品を生み出したのは、H・B・ハリッキー、当時36歳。彼は、本作品で、監督、製作、脚本、出演など、計7役をこなしている。構想3年、製作費は、当時の金額で、150万ドル、内、車代だけで80万ドル。登場する車の総数は、高級車52台、パトカー48台、その他トラックを含め116台で、撮影終了時にはパトカー40台を含む、93台をぶっ壊した。製作期間は1年でカーシンのみで7ヶ月かかった。
この映画の企画は、69年にハリッキーの友人から聞いたアイディアを元に、最初ハリウッドのメジャー会社に製作を申し入れた。だが、こんなバカげた企画は話にならない、とまったく相手にしてもらえなかった。そこで友人などから、必要な費用150万ドルをかき集めて映画の製作に着手した。スタントドライバーに女性3名を含む16人の人々が協力しここに最高のカーチェイス映画が完成したのだ。
危険な撮影が伴うため、ハリッキーは、車よりも、人命を守る事に神経を使い、16名のスタントドライバー達の車に各種安全装置、スタッフには特別なカメラスタンドを設置、その結果、撮影中怪我をした人は、ほとんどいなかったという。
撮影にあたっては、カリフォルナ州・ロングビーチ、カーソン、トランス、レドンド・ビーチなどの各市長や警察、消防、ロサンゼルス・カウンティー治安本部、消防部、カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール、カリフォルニア警察の全面的な協力と援助を得ることに成功、ハリッキー達は市内を暴れまわり、建物破損、パトカーなども徹底的に破壊し、キャデラックのショールームでは12台の車をめちゃくちゃにして、関係者を驚かせた。 本作品のプレミアでは、映画の上映に先立ち、劇場の大通り場で、新旧の車を集めたパレードを行い、さらに、無傷のキャデラック・エルドラドをパトカーが追いかけ、目の前でめちゃくちゃにさせて、ファンを喜ばせた。 登場車種
キャスト&スタッフ監督、製作、原案、脚本、ドライバー、スタント監修
キャスト
音楽
撮影
編集
衣装
スタント
H・B・ハリッキーと「Gone in 60 Seconds」
H・B・ハリッキー、本名トビー・ハリッキー。1940年ニューヨーク州生まれ。父が自動車のスクラップ工場を経営していた事もあって、小さい頃から車に興味を持ち、15の時、独立しようと車の勉強をするためにロサンゼルスに向かった。カリフォルニア州、ガーデナに住み高校3年になるまで愛車だった56年型カスタム・ビュイックで西海岸全域のモーター・ショーに参加し、数々の賞を獲得した。17歳で、豪華な一軒家を買い、さらに実業家として、手腕をのばし、不動産業を始める。これらはすべて大成功し、大金持ちに。また、スタントマンとしても活躍し数多くのハリウッド映画にアクション監督として参加した。 70年、車&映画好きのハリッキーは友人の話を元に、一本の映画の製作に着手する。それが、74年に公開された、「Gone in 60 Seconds(バニシング in 60")」である。日本でも75年に公開され、その年の洋画興収の第10位にランクされた。 それから後、ハリッキーはいくつかの作品を発表している。 82年に公開された「ジャンクマン」は前作「Gone in 60 Seconds」同様のカー・アクション。これも自ら監督、脚本、主演を兼ね合計175台の車をぶち壊したという。 83年に公開された「デッドライン」は、「Gone in 60 Seconds」のストリーまんまの作品である。というのもこの映画は、「ジャンクマン」の未使用場面を「Gone in 60 Seconds」に加えて再編集したもの。全体の約七割ほどが「Gone in 60 Seconds」そのままで使われている。車好きのハリッキーだから、編集で切ってしまったカーチェイス場面を捨てることが出来ず、再利用を考えた結果出来上がったというシロモノである。素材となった二作品の画質の違いがもろに出てしまったが、本人は満足だったらしい。 89年5月11日、ハリッキーは結婚、同年「Gone in 60 Seconds」の続編に着手した。前編からは15年も経っていた。だが、悪夢は突然訪れたのである。
あの事故から11年経った今年2000年、ジェリー・ブラッカイマーの手によって、「Gone in 60 Seconds」は生まれ変わる。ニコラス・ケイジら有名俳優も多数出演、妻であったデニス・ハリッキーも、今回製作総指揮として参加し、監督を務めるドミニク・セナは、「ジャンクマン」でハリッキーの元で働いた経験があるというのも頼もしい限りだ。 新生「Gone in 60 Seconds」に期待したい。 H・B・ハリッキー作品一覧
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