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プロダクションノートアイディアの元製作のドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーが本作品の製作に着手したのは、1991年のことだ(残念なことに96年シンプソンは死去。だが名はクレジットされている)。しかし公開が1998年になってしまうほど、脚本を完成させるには、多くの時間が掛かった。「エレクトロニクス上のアイデンティティを盗まれ、悪用される男」という単純なアイディアを元に、シンプソンとブラッカイマーは、当時若手の脚本家、デビット・マルコーニに本作の脚本を依頼した。シンプソンとブラッカイマーの要請で、リサーチを始めたマルコーニは、多くのリサーチをするに従って、この作品の柱とも言うべき組織で、今までだれも聴いたことのない組織、NSA(National Security Agency)の存在を知る。当時、まだその存在を一般には、知られておらず、現在もそのほとんどの情報が機密扱いとなっている。 ブラッカイマーは何年も前に、本作の監督を「トップガン」や「クリムゾン・タイド」で一緒に仕事をしたトニー・スコットに依頼、最初の草稿を送った。トニー・スコットは作品に興味は示したが、依頼を断った。しかし、ブラッカイマーの説得により、結局OKすることになった。これで、二人が組むのは、5度目になった。 出演者交渉続いて、彼らは、出演者を探し始めた。候補に上がったのは、トム・クルーズとウィル・スミス。フレッシュな主人公を印象づけるために、ウィルが起用された。ウィルはシナリオの最終稿を手渡された時、65ページまで共演のジーン・ハックマンが出ないことを知って、プレッシャーに潰されそうになったという。共演として、オファーしたジーン・ハックマンの契約は困難を極めた。ジーンはこれまでのウィル・スミスの作品を見て、軽いドラマになることを心配して、2度3度出演を断った。だが、「クリムゾン・タイド」でも手を組んだブラッカイマーの熱心な説得によりついに承諾した。ちなみ作品の中に出てくる彼の若い写真は「カンバセーション」(74)の時のものだそうだ。 NSAの正体NSAは1952年11月4日、陸軍通信情報部と軍保安庁を母体として活動発足。制度的には、国防総省(ペンタゴン)の一部だが、任務の割り当てはCIA長官が行い、管理は大統領が議長を務める国家安全保障会議が担当するという、なんとも複雑なシステムになっている。長官は情報活動の経験がある、陸海空軍の中将が交代で務める。今や職員2万人、年間予算35億ドルの大組織に成長、メリーランドのフォートミードにある本部施設を基点に、世界規模の盗聴ネットワークを張り巡らせている。主な任務は電話、FAX、無線、コンピューターのモデムの通信傍受、レーダーやミサイルの監視など、地球上のみならず、宇宙にも及ぶ。 取材拒否、唯一許されたのは........CIAを凌ぐ運営予算をを使いながら、その実体は、まだ厚いベールに包まれているNSA。前作「アルマゲドン」ではNASAの全面協力を得る事ができたジェリー・ブラッカイマーだが、今回は180度状況は違っていた。まず、NSAに直接、協力と取材を申し込むと、完全な立ち入り拒否。出演者の一人がNSA高官の娘だったことから、ようやく施設の見学にこぎ着けたが、職員への質問は禁止、決められたコースを外れて見学する事は許されなかった。個室もすべて空室で職員の姿も見ることが出来なかったという。地下にあるといわれる、巨大なコンピュータルームや会議室も見学をする事を許されなかったので、プロダクションデザイナーのベンジャミン・フェルナンデスは、元職員の証言を元に、出来るだけ本物に近いセットを作り上げた。唯一、NSA本部の建物を外から撮影する事だけは許された。ヘリを使って撮影したこの映像はオープニングなどに使われている。これはとても貴重な映像なのだ。 頼るのは本の記事とCIAこのような状況なので、スタッフ達は、全く非公開なNSAの情報の多くを、1983年に出版された、ジェームズ・バンフォードの著書、「The Puzzle Palace」と、1995年にボルチモア・サン紙の二人の記者が収集した情報に頼らざるを得なかった。だが、それでも、情報は少なく、多くは、テクニカルアドバイザーの助言に従うしかなかった。この作品で描かれているテクノロジーは、すでに20年前にNSAが使っていた技術だったり、逆にストーリーの方が先にいってたりしてる所もあるが、そのほとんどは、実在するというのだがら驚きだ。 NSAの対応に失望した彼らはCIAにも取材を申し込むと、こちらは対照的に、快く取材を受け入れてくれた。見学したスタッフ達は、CIAスタッフの多くが、Tシャツ姿で大学生のような職員ばかりなのに驚いた。この結果、作中のNSAスタッフとして、若手俳優が多く起用される事になる。 撮影開始トニー・スコットは、天気が厳しい冬に映画を撮影した経験がなかった。しかも、ワシントンDCや、ボルチモアなどの場所の事をよく知らず、夏に見に行ったそうだがとまどったようだ。監督は「セブン」のような映画にしたかった。撮影が行われた冬は幸運な事によい天気が続き撮影は順調にすすんだ。 この作品では、ハイテクを題材にした作品にふさわしく、様々な最先端テクノロジーやマルチメディアが使われた。デジタルカメラや、ミニチュアカメラなど、様々なカメラを使用して撮影された。実際に作中に登場する背広ボタンに仕込まれたボタンホールカメラは、実際にNSA局員の代役になったカメラマンの服に取り付け、撮影した映像を使用している。 さらに、スタッフは、登場するテレビやカメラ、モニター、写真などにも、注意を払い使用した。 これは、作品の内容とは逆に、デジタルの世界から離れて、新しいイメージを出そうとした結果であった。劇中でもフラッシュや、反動、画面のスピード・チェンジなどが行われているのもその一つである。 劇中に登場する、監視衛星から地上を撮影した映像の多くは、民間の会社から購入した。この会社は1日24時間、北極から南極まですべてをモニターしていて、世界のどの場所でも指定された時間の映像や、写真を提供することが出来るという。現時点では、20ブロック以内のモノに、限られている。劇中のNSA局員も、ディーンを追跡するのに、同様のデータ回復方法を用いている。 ブラッカイマー作品らしくない?本作品では、アクションシーンが少なく、ブラッカイマー作品らしくない、という人もいるようだが、実際に脚本段階でアクションシーンはまったく設定されてなかった。もちろんブラッカイマーとスコットはアクションシーンは必要であると考えていたため、これらのアイディアはロケハン中に作られていった。例えば、ボルチモアの東にある炭坑に平行した線路が何本も敷かれてる光景をみて、ウィルとジーンが走る列車の間をぬって、NSA職員の追跡から逃れるというスリリングなシーンが誕生した。 中盤、ディーンがトンネルの中を逃げ回るシーンは、ボルチモア市街の大通り、マック・ヘンリートンネルの下で地下20フィートにある巨大な排気システムのあるトンネルで撮影された。ここで、ディーンはNSAの車に追いかけられるのだが、ここには人が入れるだけの大きさの入り口しかなかったので、スタッフは車を細かく分解してマンホールに通して、ちゃんと動くように完成させた。 ブリルのアジトであり、自ら爆破させる廃工場は、なんとアメリカ文化象徴の一つである、Dr.ペッパーの工場の跡であった。これを爆破するのは大きなためらいがあったが、爆破シーンは必要、ということで、爆破のスペシャリストの手を借りて、工場は跡形もなく吹っ飛ばし、様々な角度から、13台ものカメラを使用して撮影された。 |
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