映画製作者ドン・シンプソン&ジェリー・ブラッカイマー

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アルマゲドン

 

プロダクションノート

2つのアイディアを融合

製作のゲール・アン・ハードは「予言」と題された脚本にはなにか光る物があると感じていた。小惑星が地球に落ちてくると信じ続ける男の物語だ。だが96年夏、夫のジョナサン・ヘンズレーにはディズニー傘下のタッチストーンはGOサインは出さないだろうとあきらめ半分に語っていた。もともと油田対策事故の専門家レッド・アデアの人生を映画化したいと考えていたヘンズレーは、シャワーを浴びているときに、この二つの映画を一緒にするアイデアを思いついた。「NASAにも阻止できない惑星に世界一凄腕の石油採掘人を送り込む」という設定だ。 ヘンズレーは新たに練り直したコンセプトを「ザ・ロック」で一緒に仕事をした監督マイケル・ベイに持ち込んだ。ちょうどベイは次回作を探していたところであり、すぐさまこの話に飛びついた。

ベイの使命はまず、書かれていない脚本を売り込むことだった。早速ディズニーの会長ジョー・ロスに面会を申し込んだ。ロスはこの手の売り込みは一切受け付けないつもりだったが、映画2本を撮るという契約を交わしたばかりのベイには何か仕事を与えなければばらない。そこでロスはバーバンクにあるディズニー・オフィスに、ハード、ヘンズレー、ベイの三人を招いた。三人の話にはロスも興味を示し、GOサインをだした。しかもロスは「アルマゲドン」というタイトルまで彼らに提案した。 ただし一つだけ問題があった。ワーナーブラザースのプロデューサー、ジョエル・シルバーがすでに「アルマゲドン」というこのタイトルの権利を獲得していたのだ。ここは迅速に動く必要がある。ディズニーは「ファーザーズ・ディ」と「陰謀のセオリー」の二つをトレードに出し、このタイトルを譲り受けた。 それと、観客層を最大限に広げるため成人映画指定のR指定を受けるのは絶対にさけるべしとロスは厳命した。前作「ザ・ロック」は全米でR指定を受けてしまい、興収にもかなり影響したからだ。

ブラッカイマー登場

マイケル・ベイの新作は、すぐさま「宇宙版特攻大作戦」として知られるようになった。しかし「アルマゲドン」の企画を軌道に乗せるにはさらなる人材確保が必要だった。そこでベイが白羽の矢を立てたのが、彼のデビュー作「バッド・ボーイズ」、二作目「ザ・ロック」を製作したジェリー・ブラッカイマーだ。ブラッカイマー自身、ディズニーと長期契約を結んでいた。ブラッカイマーの登場で、元の製作、ゲール・アン・ハードはクレジットに名前を残すものの、脇役に甘んじる事になった。

俳優

当初「アルマゲドン」は大スターは起用せず、アイディア重視で行くつもりであった。しかしここで思いも寄らぬ事が起きた。ドリーム・ワークスとパラマウントの共同製作映画「ディープ・インクト」が製作されることが明らかになったのだ。設定も「アルマゲドン」と似ており、しかも向こうは、モーガン・フリーマン、ティア・レオーニなどの人気俳優を起用している。そこでこちらも特色を出すことにした。ベイは候補に、ショーン・コネリーを考えたがロスには別の人物がいた。ブルース・ウィリスである。彼はディズニーと映画3本の契約をしていた。ロス、ベイ、ブラッカイマーの3人はウィリスの自宅を訪ねると、彼はとても興味を示し、簡単に商談は成立した。彼に支払うギャラは決して安くはないが引き替えに鉄板並の保険を手に入れた。 ブラッカイマーは前作「コン・エアー」で脇役に個性的な役者を配してキャラクターに深みを持たせ、より広い観客層にアピールする才能を見せつけた。ラスベガスで開かれた「コン・エアー」のプレミアでもブシェミを口説き、ブシェミは「アルマゲドン」に出てくる地質学者ロックハウンドの役をとうとう引き受けたのだ。さらに意外性あるキャスティングを目指して製作側はビリー・ボブ・ソーントンをNASAの司令官をオファーした。ソーントンはじめ難色を示したが、脚本を読むととても面白く、出演を引き受けた。

さらに製作チームはラブロマンスを全面に押し出して、カップルを動員したかった。そこでA.J役にベン・アフレックを起用した。当時アフレックはまだまだ無名の俳優で、かなりの不安があった。「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」の公開も何ヶ月も先であった。ベイの即席でスクリーンテストを行うためアフレックを駐車場に連れ出した。このときオフィスの女性陣が騒ぐのを見て、ブラッカイマーはアフレックの起用を決意したという。一方、恋人役のグレース演じるリヴ・タイラーはなかなか誘いに乗らなかった。契約直前に出演を断るが結局出演が決まることになる。しかし彼女はイギリスで別の映画も撮影しており、そこと「アルマゲドン」のセットを往復する事となる。

公開日と撮影

97年8月に撮影がスタートする、ずっと前から公開日は98年7月1日を狙っていた。ライバル達も着々と準備をすすめ、「ゴジラ」は5月を予定していた。そしてディズニーが「アルマゲドン」の公開を独立記念日の週に決定すると、他のスタジオは速やかに身を引き、強敵「ディープインパクト」は先を越されるものの、5月8日に決定した。「ゴジラ」は5月20日の公開が決定し、この二つは激突する事となる。

製作チームは地元に巨大な500万ドルのセットを製作した。「タイタニック」のように離れた所にセットを作ると、目が届かなくなり、製作費の高騰に歯止めがかからなくなる。製作費は1億3,000万ドルにまで上がったものの、当初の予想より下回り、おかげで1度台本からカットされた、上海に隕石が落下するシーンなどが撮影出来た。宣伝は1月のスーパーボゥルの生中継等を選び、2月にはこの映画の存在を知る男性の割合は57パーセントに達した。4月からはベンとリヴを全面に押し出し、女性客にもアピールした。タイアップ商品はマクドナルド、携帯電話、時計など総計1億ドル近くかけ、いよいよ「アルマゲドン」公開日を迎えることになる。

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